夏の夕方、まだ少し熱を残した玄関先に水を撒くと、乾いた地面の色がふっと濃くなります。立ちのぼる土の匂い、すこしだけやわらぐ空気、そして軒先で小さく鳴る風鈴の音。その一つひとつが、暑さで張りつめていた一日の気配を、静かにほどいてくれるように感じられます。
風鈴も打ち水も、今では「夏らしい風物詩」として親しまれています。けれど、その意味を少し深く見ていくと、そこには単なる涼しさだけではなく、音でよくないものを遠ざける感覚、水で場を整える感覚、そして神道にも通じる「清め」や「祓い」の考え方が重なっていることが分かります。
もちろん、風鈴を「神道だけの道具」と言い切ることはできません。風鈴の背景には、中国から伝わった占風鐸、寺院の風鐸、江戸の町の暮らし、民間信仰など、いくつもの文化が重なっています。一方で、神社の風鈴まつりや、夏越の祓の季節に感じる「心身を整える感覚」と合わせて見ると、風鈴の音と打ち水の水は、日本人が夏を清らかに過ごそうとしてきた知恵として受け取ることができます。
この記事では、風鈴の意味と清めの関係、風鈴が魔除けや涼の道具として広がった背景、打ち水に込められた清めの意味、そして家庭で取り入れるときの注意点まで、やさしく整理します。難しい作法としてではなく、夏の暮らしを静かに整える小さな文化として、一緒に見つめていきましょう。
この記事で得られること
- 風鈴に込められた魔除け・清め・涼の意味が分かる
- 打ち水が暑さ対策だけでなく、場を整える作法でもあることを理解できる
- 神道における祓い清めと、夏の暮らしの関係を整理できる
- 風鈴まつりや夏越の祓とのつながりを知ることができる
- 家庭で風鈴や打ち水を取り入れるときの注意点を見直せる
第1章:風鈴の意味と清め|音で夏の空気を整える日本の知恵

風鈴はなぜ「涼しい音」と感じられるのか
風鈴は、冷房のように気温そのものを下げる道具ではありません。それでも、風鈴の音を聞くと、私たちはなぜか「涼しい」と感じます。これは、風が吹いたことを音で知らせてくれるからです。目には見えない風が、ちりん、と鳴ることで、耳に届くものへ変わります。
暑い日は、空気が重く感じられることがあります。体も心も少し疲れて、時間までゆっくり進んでいるように思えるものです。そんなとき、風鈴の音が一つ鳴ると、空気に小さな区切りが生まれます。音そのものが涼しいというより、「風が来た」と気づく心が、暑さの中に涼を見つけるのだと思います。
私も夏の神社を歩いているとき、木陰から風鈴の音が聞こえてくると、足を止めることがあります。強い日差しや蝉の声の中で、その小さな音だけがすっと耳に残るのです。涼しさとは、温度だけで決まるものではなく、心が何に気づくかによっても変わるのだと感じます。
このように、風鈴は「音で涼を呼ぶ道具」です。そして同時に、夏の空気を整え、心の向きを少し変えてくれる道具でもあります。風鈴の意味を考える入口は、まずこの「音によって空気を変える感覚」にあるといえるでしょう。
風鈴の音に込められた魔除け・邪気払いの感覚
風鈴には、涼しさだけでなく、古くから魔除けや邪気払いの意味も重ねられてきました。江戸風鈴の歴史をたどると、古代中国で占いの道具として用いられた青銅製の占風鐸が日本に伝わり、寺院の軒先に吊るされる風鐸となり、やがて涼を得るための風鈴へと変化していった流れが説明されています。
風鐸は、寺院の屋根の四隅などに吊るされる金属製の飾りです。風を受けて鳴る音には、魔を遠ざける力があると考えられてきました。この「音によってよくないものを遠ざける」という感覚が、のちの風鈴にも重なっていったのでしょう。
ただし、ここで大切なのは、風鈴を吊るせば必ず悪いものが消える、という断定をしないことです。風鈴の魔除けとは、現代の私たちが科学的な効果として受け取るものではなく、音に清らかさを感じ、境目を整えようとしてきた信仰上・文化上の感覚として理解すると自然です。
夏は、暑さで体力が落ち、湿気で空気も重くなりやすい季節です。昔の人にとって、病や災いを遠ざけたいという願いは、今よりもずっと切実だったはずです。風鈴の音は、そんな夏の不安を少しでも軽くし、家の中や軒先を清らかに保ちたいという願いに寄り添っていたのかもしれません。
「清め」としての風鈴をどう受け止めるか
では、風鈴には「清め」の意味があるのでしょうか。答えを丁寧に言うなら、風鈴そのものを神道の正式な清めの道具と断定するのは避けたほうがよいでしょう。風鈴は、神社だけでなく、寺院、民間信仰、江戸の暮らし、工芸文化などが重なって育ってきたものだからです。
けれど、広い意味では、風鈴の音を「清め」と重ねて受け取ることはできます。清めとは、単に汚れを落とすことだけではありません。心を落ち着け、場を整え、乱れた気配をやわらげることも、清めの感覚に近いものです。
ここで、「魔除け」「祓い」「清め」を少し分けて考えると分かりやすくなります。魔除けは、よくないものを近づけない感覚です。祓いは、すでにまとった穢れや災いを取り除く感覚です。清めは、心身や場所を清らかな状態へ整える感覚です。この違いを知ると、風鈴の音がどのように夏の暮らしと結びついてきたのかが見えやすくなります。
風鈴の音でよくないものを遠ざける感覚と、打ち水で場を整える感覚は似ていますが、厳密には「祓い」と「清め」は少し意味が異なります。詳しくは、清めと祓いの違いとは何か|神道が大切にしてきた「整える」という考え方をやさしく紐解くでも解説しています。
風鈴の音は、空気を洗うものではありません。けれど、暑さで乱れた心に小さな風の通り道をつくってくれます。
風鈴を清めとして見るとは、特別な力を信じ込むことではありません。音に耳を澄ませ、風の気配に気づき、暮らしの中の空気を少し整えることです。その小さな感覚の中に、日本の夏らしい清めの心が残っているように思います。
第2章:風鈴の由来|風鐸から江戸風鈴、神社の風鈴まつりへ

風鈴の原点とされる占風鐸・風鐸とは
風鈴の由来を考えるとき、よく語られるのが「占風鐸」と「風鐸」です。占風鐸は、古代中国で風の向きや音によって物事を占うために使われた青銅製の道具とされています。これが日本に伝わり、寺院の軒先などに吊るされる風鐸へとつながったと説明されています。
風鐸は、今でも古い寺院などで見ることがあります。屋根の四隅で風を受け、静かに揺れる姿には、どこか境界を守るような気配があります。音が鳴ることで、その場所に風が通ったことが分かり、同時に、外から入ってくるよくないものを遠ざける意味も重ねられました。
ここで注意したいのは、風鈴の歴史を神道だけに結びつけすぎないことです。風鈴の背景には、寺院文化、工芸文化、江戸の生活文化、民間信仰が入り混じっています。神社の風鈴まつりに親しむ現代の感覚も大切ですが、由来としては、日本の宗教文化と暮らしの文化が長い時間をかけて重なったものとして見ると、より誠実です。
神社の境内を歩いていると、ひとつの文化がひとつの場所だけで完結しているわけではないことに気づきます。鳥居の向こうに仏教由来の言葉の名残を感じることもありますし、町の祭りに神道と民間信仰が重なっていることもあります。風鈴もまた、そうした日本文化の重なりを音で伝えてくれる存在なのだと思います。
江戸風鈴が夏の暮らしに広がった背景
風鈴が今のように「夏の涼を楽しむもの」として広まっていくうえで、大きな役割を果たしたのが江戸風鈴です。江戸時代にガラス製の風鈴が作られるようになると、風鈴は寺院や特別な場所だけでなく、町の暮らしの中にも広がっていきました。
江戸風鈴の音には、金属の風鐸とは違う、やわらかく澄んだ響きがあります。手作りのため、形も音も一つずつ少し異なります。まったく同じ音が大量に並ぶのではなく、それぞれの風鈴が少しずつ違う声を持っている。このことも、江戸風鈴の魅力の一つです。
昔の町では、風鈴売りが風鈴を鳴らしながら歩いていたといわれます。冷房も扇風機もない時代、人々は風鈴の音に、わずかな涼しさと季節の楽しみを見つけていたのでしょう。音で涼を感じるというのは、とても繊細な知恵です。暑さを力で押さえつけるのではなく、風に気づくことで心を涼しくする。そのあり方には、現代の私たちが忘れがちな余白があります。
私は、風鈴を「音の暦」のように感じることがあります。暦は日付を知らせてくれますが、風鈴は空気の変化を知らせてくれます。梅雨が明け、日差しが強くなり、夕方の風が少しだけ動く。その瞬間に鳴る風鈴は、夏が深まっていくことを、数字ではなく感覚で教えてくれるのです。
神社の風鈴まつりに見る「願いを風に託す」文化
現代では、風鈴を夏の祭事や祈りのしつらえとして用いる神社もあります。たとえば、川越氷川神社の「縁むすび風鈴」は、境内に数多くの江戸風鈴が飾られる夏の行事として知られています。風鈴の音と短冊、涼しげな境内の風景が重なり、夏の神社らしい祈りの場がつくられています。
ここでも、風鈴を「神道の正式な祭具」と言い切る必要はありません。大切なのは、神社という場で風鈴がどのように受け止められているかです。風が吹き、風鈴が鳴り、願いを書いた短冊が揺れる。その様子には、願いを風に託すようなやさしい感覚があります。
神社で風鈴の音を聞くと、私はいつも、祈りとは大きな声で願うことだけではないのだと感じます。短冊に書かれた言葉、風に揺れる紐、鳴ったり鳴らなかったりする音。そのすべてが、神さまへ向かう心の姿を、少しだけ目に見える形にしているように思えるのです。
風鈴まつりは、涼しさを楽しむ行事であると同時に、夏の神社に足を運ぶきっかけにもなります。そこで見えるのは、昔ながらの魔除けの感覚だけではありません。現代の人々が、音や風や短冊を通して、自分の願いと静かに向き合う姿です。風鈴は、古い文化でありながら、今の私たちの祈りにも寄り添う存在になっています。
第3章:打ち水の意味|水で場を清め、涼を招く夏の作法

打ち水はなぜ涼しく感じられるのか
打ち水とは、玄関先や庭、道などに水を撒くことです。見た目にはとても簡単な行為ですが、そこにはきちんとした実用面があります。水が地面の熱を奪いながら蒸発することで、周囲が少し涼しく感じられるのです。これを「気化熱」といいます。
つまり、打ち水はただの気分ではありません。昔の人が経験の中で見つけた、暑さをやわらげる生活の知恵です。もちろん、現代の厳しい暑さの中では、打ち水だけで熱中症を防げるわけではありません。冷房や水分補給、暑さ指数の確認なども大切です。それでも、朝や夕方に水を撒くと、地面の熱が少し落ち着き、空気がやわらかく感じられることがあります。
私が打ち水の景色で好きなのは、水が地面に広がる瞬間です。乾いた土や石畳の色が変わり、そこに一日の熱が静かに吸い取られていくように見えます。水の音はとても小さいのに、場の気配が変わるのです。
打ち水の意味を考えるとき、この「涼しくなる」という実用面を抜きにしてはいけません。文化や信仰の意味は、生活から離れたところにあるのではなく、毎日の暑さや疲れをどう和らげるかという現実の中から生まれてきたものだからです。
打ち水に込められた「客を迎える」意味
打ち水には、暑さをやわらげるだけでなく、土埃をしずめる、客を迎える、場を清めるといった意味もありました。玄関先や道に水を撒くことで、訪れる人が気持ちよく歩けるようにする。これは、相手を大切に迎えるための心づかいでもあります。
茶の湯の世界でも、打ち水は大切なしつらえの一つとされてきました。水を打つことで、露地や入口の空気を整え、客を迎える準備をします。そこには、ただ見た目を美しくする以上の意味があります。「ここから先は、少し心を整えて入る場所です」と、静かに伝えているようにも感じられます。
参道や古い町家の前に水が打たれていると、私はその場所に人を迎える気配を感じます。派手な飾りではありません。けれど、水を撒いた跡には、誰かがそこを整えた時間が残っています。その静かな手間が、訪れる人の心を少しやわらげてくれるのです。
現代の暮らしでは、玄関先に水を撒く機会は少なくなりました。それでも、掃除をしてから水を少し撒く、ベランダの熱を夕方に逃がす、庭の草木に水をやる。そうした行為の中にも、場を整え、次の時間を迎える感覚は残っています。打ち水は、暑さ対策であると同時に、暮らしの入口を清らかに整えるしぐさでもあるのです。
打ち水と清め|水で空間を整える感覚
打ち水には「清め」の意味があるといわれます。ただし、打ち水そのものを神社の正式な禊と同じものとして扱うのは、少し違います。禊は、神道において水で身を清める重要な行いです。一方、打ち水は暮らしの中で行われてきた生活の作法です。
けれど、その根にある感覚には通じるものがあります。水によって埃をしずめる。熱をやわらげる。玄関先を整える。訪れる人を心地よく迎える。これらはすべて、場をそのままにしておくのではなく、少し手をかけて清らかな状態へ近づける行為です。
打ち水は神社の正式な禊そのものではありませんが、水によって場を整える感覚には、日本人が大切にしてきた清めの心が重なります。水で清める文化については、禊とは何か|水で清めるという感覚が日本人の暮らしに根づいた理由も参考になります。
水は、古くから日本の暮らしと深く結びついてきました。雨、川、井戸、湧き水、手水。どれも、生活を支えるだけでなく、清らかさや恵みを感じさせる存在です。打ち水に使う水を、ただの資源としてではなく、暮らしを支える恵みとして見ると、日本の水への信仰も少し身近になります。水に宿る神さまへの感覚については、水神信仰とは何か|雨・川・井戸に宿る神さまをやさしく知るで詳しく紹介しています。
水を撒くという小さな行為は、目に見える汚れだけでなく、空気のこわばりまでほぐしてくれるように感じます。打ち水の清めとは、特別な儀式にすることではなく、暮らしの場を少し丁寧に扱うことなのだと思います。
第4章:神道文化から見る「祓い」と「清め」|夏越の祓とのつながり

神道における祓い清めとは何か
神道では、「祓い」と「清め」がとても大切にされてきました。神社に参拝するとき、手水舎で手と口を清めるのも、神さまの前に進む前に、自分の心身を整えるためです。ここでいう清めは、単なる衛生の問題だけではありません。
神道でいう「穢れ」は、単に汚いものという意味ではありません。悲しみ、疲れ、病、災い、過ちなどによって、本来の清らかな状態から離れてしまった状態として考えると分かりやすいです。祓いは、その穢れや災いを取り除く方向の行いです。清めは、心身や場を清らかな状態へ整える方向の行いです。
神社本庁では、大祓について、心身の穢れや災厄の原因となる罪や過ちを祓い清める行事として説明しています。大祓は年に二度行われ、六月の大祓は「夏越の祓」、十二月の大祓は「年越の祓」と呼ばれます。
このように見ると、風鈴や打ち水を神道儀礼そのものと考える必要はありません。しかし、夏の暮らしの中で、音によってよくないものを遠ざけたい、水によって場を整えたいと感じる心は、神道の祓い清めの感覚と響き合っています。風鈴と打ち水は、神道の教義をそのまま形にしたものではなく、祓い清めの心が暮らしの中ににじみ出たものとして見ると、無理なく理解できます。
夏越の祓と、夏に心身を整える感覚
六月の終わりに行われる夏越の祓は、半年の間に身についた穢れを祓い清め、残り半年を健やかに過ごせるよう願う行事です。神社によっては、茅の輪をくぐる行事が行われます。大きな茅の輪を前にすると、そこをくぐるだけで、日々の疲れや重さを少し置いていけるような気持ちになることがあります。
夏越の祓が行われる六月末は、梅雨の湿気があり、これから本格的な暑さへ向かう時期です。昔の人にとって、夏は病や災いへの不安が大きい季節でもありました。だからこそ、夏を迎える前に心身を整え、無事を願うことには、とても現実的な意味がありました。
風鈴や打ち水も、同じように夏のはじまりと関係しています。風鈴を吊るす。玄関先に水を打つ。窓辺を整える。どれも、これからの暑い季節を少しでも健やかに過ごすための準備です。夏越の祓が神社で行われる大きな節目だとすれば、風鈴や打ち水は、家庭の中でできる小さな夏越のしつらえともいえるでしょう。
私は夏越の祓の時期に神社を訪れると、茅の青い香りや、湿った空気の中に立つ人々の静けさが印象に残ります。誰も大きな声を出していないのに、そこには「無事に夏を越したい」という共通の願いがあります。風鈴の音や打ち水の水にも、その願いの小さな形が宿っているように感じます。
「祓え給い、清め給え」と暮らしの清め
神社で唱える言葉の中に、「祓え給い、清め給え」という表現があります。これは、穢れを祓い、清らかな状態へ整えてください、という意味を持つ言葉です。難しい言葉に聞こえるかもしれませんが、根本にあるのは、自分を整えて神さまの前に立つという、とても素直な感覚です。
この感覚は、神社の中だけにあるものではありません。家の玄関を掃く。窓を開けて風を通す。花を一輪飾る。夕方に打ち水をする。軒先の風鈴の音に耳を澄ませる。そうした日々の小さな行いの中にも、暮らしを清らかに保ちたいという心は息づいています。
手水舎で手を清めるとき、私はいつも、水が手のひらを流れていく短い時間に、気持ちが少し切り替わるのを感じます。同じように、家の玄関先を整えることにも、心の向きを変える力があります。水や音は、目に見えない気持ちの乱れを、少しだけ扱いやすくしてくれるのかもしれません。
風鈴や打ち水を、特別なご利益を求めるものとして考える必要はありません。むしろ大切なのは、日常の中で「今、この場所を整えよう」と思うことです。その気持ちが、神道の祓い清めの考え方と、静かにつながっているのだと思います。
第5章:家庭でできる風鈴と打ち水の取り入れ方|清めを暮らしに戻す

風鈴を飾るときは音と近隣への配慮を忘れない
風鈴を家庭に取り入れるとき、まず大切にしたいのは、音への配慮です。風鈴の音は、自分にとっては涼やかで心地よくても、近くに住む人にとっては気になる音になる場合があります。特に、夜間や強風の日、集合住宅では注意が必要です。
風鈴は、風が吹くたびに鳴ります。自分が家にいるときだけでなく、留守の間や夜にも鳴り続けることがあります。外に吊るす場合は、音の大きさや響き方を確認し、必要に応じて夜は室内に入れる、強風時は外す、窓の内側に飾るなどの工夫をするとよいでしょう。
清めのつもりで飾った風鈴が、誰かの暮らしを乱してしまっては本末転倒です。神道の祈りや日本の暮らしの文化は、自分だけを整えるものではなく、周囲との調和の中にあります。音を楽しむことと、まわりへの思いやりは、どちらも大切です。
私は、風鈴のよさは「ずっと鳴っていること」ではなく、「ふと鳴ること」にあると思っています。静かな時間の中で、風が通った瞬間だけ鳴る。その控えめなあり方が、風鈴らしい美しさです。暮らしに取り入れるときも、その静けさを大切にしたいものです。
打ち水は朝夕・日陰・二次利用水を基本にする
打ち水をするときは、時間帯と場所を選ぶことが大切です。真昼の強い日差しの下に水を撒くと、すぐに蒸発してしまい、涼しさが続きにくくなります。朝や夕方、日差しが弱い時間帯に行うほうが、効果を感じやすいとされています。
また、日なたよりも日陰に撒くほうが、水がゆっくり残り、涼しさも続きやすくなります。玄関先、庭、ベランダなど、無理のない範囲で行うとよいでしょう。マンションやアパートのベランダでも、夕方に少し水を撒くことで、コンクリートにこもった熱をやわらげられる場合があります。
使う水は、できるだけ二次利用水を使うのが基本です。雨水、風呂の残り水、子ども用プールの残り水など、清潔で安全に使える水を選びます。ただし、洗剤や汚れを多く含む水は、滑りやすさや衛生面の問題があるため避けましょう。道路や共用部分に撒く場合は、通行人が滑らないか、近隣の迷惑にならないかにも気を配る必要があります。
打ち水は、たくさん撒けばよいというものではありません。少しの水を、時間と場所を選んで丁寧に撒く。その控えめな行いの中に、暮らしを整える知恵があります。水を大切に使うことも、現代における清めの心の一つだと感じます。
風鈴と打ち水を「小さな夏越のしつらえ」として楽しむ
風鈴と打ち水は、どちらも難しい作法として身構える必要はありません。窓辺に風鈴を一つ飾る。夕方に玄関先を掃き、少しだけ水を打つ。ベランダにこもった熱を逃がす。そうした小さな行いだけでも、夏の暮らしには区切りが生まれます。
大切なのは、形をまねることだけではなく、その行いが何を整えているのかを感じることです。風鈴は音で風に気づかせてくれます。打ち水は水で場を整えてくれます。その二つを合わせると、夏の暑さの中でも、心を少し落ち着ける時間が生まれます。
たとえば、夕方に玄関先を軽く掃き、打ち水をしてから風鈴の音に耳を澄ませる。ほんの数分のことですが、その時間は一日の終わりに小さな句点を打つようなものです。忙しさや暑さに流されていた心が、「ここで一度、整えよう」と戻ってくるのです。
これを、私は「小さな夏越のしつらえ」と呼びたくなります。神社で行う夏越の祓のような大きな神事ではありません。けれど、家の中で、暮らしの中で、夏を無事に越すために心と場を整える行いです。風鈴の音と打ち水の水は、その入口になってくれます。
まとめ:風鈴と打ち水は、夏の暮らしを整える小さな清め
風鈴と打ち水は、どちらも日本の夏を思わせる身近な風物詩です。しかし、その背景を見ていくと、ただ涼しさを楽しむためだけのものではないことが分かります。風鈴には、音で涼を呼び、古くは魔除けや邪気払いの感覚とも結びついてきた歴史があります。打ち水には、気化熱による涼しさだけでなく、土埃をしずめ、客を迎え、場を清める意味がありました。
神道の祓い清めは、神社で行われる正式な神事だけに閉じたものではありません。もちろん、風鈴や打ち水を神道儀礼そのものと考える必要はありませんが、そこには「よくないものを遠ざけたい」「場を整えたい」「清らかな気持ちで季節を迎えたい」という、日本人の暮らしの感覚が重なっています。
風鈴を吊るすときは、音への配慮を忘れない。打ち水をするときは、朝夕や日陰を選び、水を大切に使う。そうした思いやりを含めて、風鈴と打ち水は暮らしの清めになります。自分の心を整えるだけでなく、まわりの人や自然への配慮も一緒に持つことが、現代にふさわしい取り入れ方です。
音で風に気づき、水で場を整える。風鈴と打ち水は、日本の夏が教えてくれる小さな清めの知恵です。
風鈴の音に耳を澄ませ、打ち水の水が地面に広がる様子を見つめる。その短い時間の中に、暑さをしのぐだけではない、日本の夏らしい清めの心が残っています。今年の夏、窓辺や玄関先にほんの少しだけ、その静かな知恵を戻してみるのもよいかもしれません。
FAQ
Q:風鈴には本当に清めの意味がありますか?
A:風鈴そのものを神道の正式な清めの道具と断定するのは避けたほうがよいです。ただし、風鈴の由来には魔除けや風鐸の文脈があり、音によってよくないものを遠ざける感覚が重ねられてきました。そのため、広い意味で「場や心を整える清め」として受け取ることはできます。
Q:風鈴は神社と関係がありますか?
A:風鈴は神社だけの文化ではなく、寺院の風鐸、江戸の暮らし、民間信仰などが重なって広がった夏の文化です。一方で、現代では神社の風鈴まつりなどで、願いを風に託す夏の祈りとして親しまれている例もあります。
Q:打ち水には清めの意味がありますか?
A:あります。打ち水には、暑さをやわらげるだけでなく、土埃をしずめる、客を迎える、玄関先や道を整える、お清めの意味があったとされています。神道儀礼そのものではありませんが、暮らしの中に残る清めの感覚として見ることができます。
Q:打ち水はいつ行うのがよいですか?
A:朝や夕方、日差しの弱い時間帯が向いています。日なたよりも日陰に撒くと水がすぐに蒸発しにくく、涼しさが続きやすいです。水は雨水や風呂の残り水など、無理のない二次利用水を使うのが基本です。
Q:家庭で風鈴や打ち水を取り入れるときの注意点はありますか?
A:風鈴は音が響くため、夜間や強風時、集合住宅では近隣への配慮が必要です。打ち水は滑りやすさや通行人への影響に注意し、汚れた水や洗剤を含む水は使わないようにします。清めの文化は、周囲への思いやりと一緒に取り入れることが大切です。
参考情報ソース
- 神社本庁|大祓
https://www.jinjahoncho.or.jp/omatsuri/ooharae/ - 神社本庁|唱えことば
https://www.jinjahoncho.or.jp/omairi/tonaekotoba/ - 東京都熱中症対策ポータル|打ち水
https://wbgt.metro.tokyo.lg.jp/effort/uchimizu/ - 環境省 ecojin|ご存知ですか?夏の風物詩「打ち水」のコツ
https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin/action/20230809.html - 江戸川区|本区の伝統工芸品「江戸風鈴」、「音響遺産」に認定
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e004/kuseijoho/kohokocho/press/2025/08/0819.html - 日本音響学会|音響遺産
https://acoustics.jp/awards/onkyo_isan/ - 川越氷川神社 縁むすび風鈴
https://enmusubi-fuurin.jp/

